ナイキ


NIKE ナイキ

ナイキの歴史はこの2人から始まりました。
オレゴン大学で陸上部のコーチをしていた
ビル・バウワーマン

そのオレゴン大学でランナーだった
フィリップ・ナイト

この2人が共同で
ブルーリボンスポーツという会社を設立して
日本が誇る最高のスニーカーであるオニツカタイガー(現在のアシックス)
のアメリカ販売を始めたのです。
これが1964年の事でした。

1966年
バウワーマンの設計、オニツカの作製でコルテッツが発売される。

1971年
そしてその7年後の1971年にブランド名として、
ギリシャ神話の勝利の女神『ニケ NIKE』を採用したのです。
これが『ナイキ NIKE』の始まりです。
ちなみにナイキのロゴマークでもある
ニケの羽を表した『スウッシュ SWOOSH』は
キャロライン・デビットソンという女子学生が35ドルで考えた
ものだったんです。

1972年
オニツカタイガーから契約権トラブルで
訴訟問題となり、オニツカタイガーとの契約が停止になりました。

この一件でオニツカタイガーから開発技術を盗む為に近づいた
集団というイメージを持っている人がいるのです。
※まったく知らないかとは思いますが・・・。

1974年
ヒット商品が生まれる。
それがワッフル・ソールを採用したランニングシューズだ。
このワッフル・ソールはバウワーマンが朝食用のワッフルから
思いついたというのだから実に面白い。

1978年
社名を「NIKE inc.」に変更。

この年には「AIR」第一号モデルの
テイルウインド TAILWINDが発売された。
この発明は元NASA研究員のフランク・ルディ
と友人のボブ・ボガードが考案した。
そのアイデアをナイキが買い取り試行錯誤の末に、
ミッドソールにビニールパックを仕込む方法を
発明して製品化したものである。

1982年
エアを搭載したバスケットボールシューズの第1号である
エア・フォース1 AIR FORCE Tが発売される。

1984年
NBAシカゴ・ブルズへ入団しようとしていた
アメリカ・ノースキャロライナ大学の
バスケットボールチーム選手マイケル・ジョーダンと契約。
「エアジョーダン」を発表。
空前絶後の爆発的ヒット商品が誕生した。

ナイキの歴史はこの様な感じで進んできたのです。
ナイキ好きな方は覚えておくとどこかで役に立つかもしれません。

※間違いや付け足しがありましたらコメントください。




ニューバランス


new balance ニューバランス

1906年設立。
設立当初〜50年間は整形外科で使用されるアーチサポートや
偏平足を治す強制靴を作るメーカーとして運営していました。

名前の由来は、このアーチサポートをシューズに入れると
履いた人に新しいバランス感覚が生まれるということから
new=新しい、balance=バランス
として命名された。

ニューバランスが現在の方向に向かっていったのは1972年。
現会長のジェームス・S・デービスが
ニューバランス社を買収した事から始まりました。

この時の社員数はわずか6名。
会長も試し履きなどを積極的に行くなど、
その6名で理想のランニングシューズを開発する為に力を入れていったのです。
そうして生まれたのが320モデル。

この320の誕生がニューバランスを今の地位まで
登りつめるきっかけになったのです。

1976年。
ランニング専門誌のランナーズワールドにて
トレーニング部門でナンバー1に輝いたのです。

こうして数多くの人に支持される様になったニューバランスは
1978年にCONP100を発表。
1979年のボストンマラソンでは上位10人中5人がCONP100を履いていた事がきっかけで、
より人気が不動の物になっていきました。

1980年には1978年発表の420がランナーズワールドで5つ星を獲得。
ランニングタイムズ誌のゴールドシューズ賞を獲得。

こうして世界に人気のブランドになったニューバランスですが、
人気ブランドになった今でもより良いフィット感を追及して
技術進歩に力をいれているのです。

ちなみに1300モデルはあのラルフ・ローレンも愛用していた名品です。



ニューバランスの靴は本当に履き心地が最高で
日本でも大人気になっているのですが、
この人気の裏にはこんな歴史があったのです。

是非一度はいてみてください。
その履き心地の良さに感動するはずです。




コンバース


converse コンバース

1908年設立。
アメリカのマサチューセッツ州モールデンのデパート経営者、
マーキス・M・コンバースによって誕生しました。

コンバースは2001年に事実上倒産してしまうのですが、
それまでの93年間で様々なヒット商品を生んできました。

その代表作が1917年発表のキャンバスオールスター。
このオールスターは累計5億足も売れた史上最高のスニーカーです。
ちなみに、このキャンバスオールスターですが、
発売当時はくるぶし部分にあるアンクルパッチはまだ無く、
とてもシンプルな商品でした。
そのアンクルパッチが付いたのが1945年ですから、
約30年間このシンプルなデザインとして販売されていたのです。

そして、もう一つの代表作、ジャックパーセルは
1935年に誕生しました。
プロテニスプレーヤーのジャック・パーセルが開発に参加、
そうして研究に研究を重ねて誕生したのです。

他にもワンスターやウェポンなどの様々なヒット商品を
世に送り出してきたのですが、
2001年に惜しまれながらも、事実上の倒産を迎えてしまいます。

その後、伊藤忠商事が資本参加して
コンバースジャパンが設立されたのですが、
この倒産により、よりポップなデザインが多く生まれてきました。

旧コンバースと新コンバース、
昔からのコンバースファンは旧コンバースを愛し、
新コンバースを避ける傾向にありますが、
コンバースが現在も人気ブランドであることは事実で、
その価格とデザインは数多くの人々に愛され続けているのです。

私自身もコンバースは数多くのデザインを履いてきましたが、
やっぱりオールスターはスニーカーの代名詞的存在だと思います。
このオールスターに出会い、
スニーカーが好きになったという人も多いのではないでしょうか。

あまりこの歴史を知らない人が多いとは思いますが、
事実上倒産→復活と紆余曲折を経て今なお人気ブランドであり続ける
コンバースの魅力を皆さんにも一度味わってほしいと思います。



バンズ


VANS バンス

1966年設立のシューズメーカー。
創業者はポール・ヴァン・ドーレン。
この創設者のポール・ヴァン・ドーレンから
バンズという名前が生まれたのです。

バンズといえばオールドスクールに始まる、
スケーターシューズの代名詞ですが、
現在はビームスやシップスなどのセレクトショップとの
コラボレーションなど、様々なヒット商品を生み続けています。

バンズの靴の特徴はやっぱりデザイン。
他のシューズメーカーとは違ったポップで斬新なデザインが特徴で、
人と変わったデザインを好む人、バンズファンにはたまらない一品になっています。

日本で発売されているバンズは、
オールドスクール、スリッポンの様な定番ばかりですが、

海外では様々なデザインが発売されています。
私も大好きなスエードのシューズは海外企画の商品で
どんなファッションにでもあう本当に重宝するアイテムです。

私自身大好きなブランド一つで
中でも海外企画商品は最高に格好いいアイテムばかりです。

この海外企画のバンズを見かけたら
是非一度はいてみてください。
私が言っている事がきっとわかるはずです。



リーボック


REEBOK リーボック

リーボックは1900年にジョセフ・ウィリアム・フォスターが
設立したJ・W・フォスター社から始まったシューズメーカーです。

この創設者のジョセフ・ウィリアム・フォスターが自分の足にピッタリあう
スパイクを作りたいという願望から始まったJ・W・フォスター社は
ロンドンオリンピックでこの会社のスパイクを履いた陸上選手が活躍して
世界に知れ渡ることになったのです。

そうして誕生したのがリーボック社です。
1958年に社名をリーボック社に変更して更にスパイクやシューズ開発に
力を入れていったのです。

このリーボックの由来、意味は
アフリカに生息する大きな鹿(ガゼル)の事を示しています。

1979年にはアメリカに進出してエアロビクスシューズの大ヒットにより
全米でも人気のシューズメーカーになっていきました。

そして1986年にはアメリカでトップシェアを誇るまでに成長したのですが、
ナイキの急成長によりこのトップの座を明け渡し、
2005年にはアディダス社に買収されてしまいました。

リーボックと言えば、日本でも1980年代後半に大ブームが起きた事を覚えています。
ファッション性、デザイン性を重視する傾向の強い日本に、
機能性や技術を重視するリーボックのコンセプトが合わなかったのか、
現在の日本でのシェアは伸び悩んでいます。

しかし、世界では人気メーカーであり続けているのが事実です。
NBAのアレン・アイバーソンやサッカーのティエリ・アンリなども
リーボックのシューズを履いているんです。

最高の履き心地を演出してくれるリーボックのシューズを
是非一度はいてみてください。

この履き心地の良さ、この機能を売りに人気ブランドになった
歴史が見えてくるはずです。




サッカニー


SACONY サッカニー

サッカニーは、今から108年前の1898年に
アメリカ・ペンシルバニア州サッカニーリバーのほとりにある、
クーツタウンで創業したアメリカの老舗シューズメーカー。

職人的シューズ作りで数多くのスポーツシューズを
輩出してきたサッカニーですが、
中でもサッカニーの歴史上欠かせない出来事が1989年の
アポロ11での月面着陸用
シューズ(アポロシューズ)の開発だと思います。

その技術の高さを世界に知らしめるには十分だったのではないでしょうか。

その後、サッカニーは続々と新商品を発表。
ランニングシューズのJAZZはランナーズワールド誌で
ランキング1位を獲得。

コライジャス、シャドウ、HANGTINEなど
全米で大ヒット商品を次々に作り続けてきた
サッカニーの最大の発明がG・R・I・Dシステム。
このシステムはランニングシューズの歴史を
変える開発になったのです。

このシステムは衝撃吸収性と走行安定性を両立させる
ランニングシューズの画期的システムとして
ランナーから高い支持を得ました。

サッカニーの歴史とアメリカの歴史は密接に関わりあい、
その歴史ごとに人気を不動の物にしていったアメリカの
人気ブランド、サッカニー。

日本ではあまり馴染みの無いブランドかも知れませんが、
是非一度試してみてください。



アディダス


1920年
アディダスの誕生は今から86年前の1920年。
ドイツ・中南部のヘルツォーゲンアウラッハで
アドルフ・ダズラーが立ち上げた
『ダスラー兄弟商会』という会社から始まった。

父親が靴職人だった為に兄ルドルフも靴職人を志しての起業であり、
この時、ルドルフは若干20歳の若さでの設立だった。

兄ルドルフが販売、弟のアドルフが生産を担当、
ルドルフ自身が陸上競技選手だった経験から、
スポーツ専門靴の開発に力を入れていったのです。

そして、その靴を履いたアスリートが次々と好成績を残し、
瞬く間に『ダスラー兄弟商会』は世界に広まっていった。

1948年
そんな順風満帆な『ダスラー兄弟商会』に転機が訪れたのが、
設立から28年後、ルドルフが48歳の時でした。
弟アドルフとの意見の食い違いから分裂してしまったのです。

この分裂こそがアディダスの真の誕生で、
分裂後にアドルフが作った会社がアディダスなのです。
そして、兄ルドルフが分裂後に作った会社がRUDA社。
後のプーマ社なのです。
※ちなみにアディダスの由来はアドルフのニックネームである
 アディとダスラーのダスを繋げたアディ・ダスから来ている。

アドルフ独立後のアディダスは快進撃を続けていくことになります。
ヘルシンキオリンピックで西ドイツ選手全員がアディダスのシューズを
履き、その後のオリンピックでもアディダスのシューズが圧倒的な支持を
集めていき、更にはワールドカップミュンヘン大会でも選手全員が
アディダスのシューズを履いたのです。
あのベッケンバウアーもアディダスのファンだったのです。

そのアディダスの代表作は1965年に発表した
テニスシューズ『ハイレット(後のスタンスミス)』。
1970年に発表した『スーパースター』。
クロスカントリー用に作られた『カントリー』。
などが有名だが、それもすべてアドルフ・ダスラーが
選手と競技にあった靴作りを常に心がけていたからであったと思う。

現在はナイキについで、世界第2位の売り上げを誇っている
アディダス・グループ。
これからもこの快進撃は続いていくことだろう。



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