アディダス


1920年
アディダスの誕生は今から86年前の1920年。
ドイツ・中南部のヘルツォーゲンアウラッハで
アドルフ・ダズラーが立ち上げた
『ダスラー兄弟商会』という会社から始まった。

父親が靴職人だった為に兄ルドルフも靴職人を志しての起業であり、
この時、ルドルフは若干20歳の若さでの設立だった。

兄ルドルフが販売、弟のアドルフが生産を担当、
ルドルフ自身が陸上競技選手だった経験から、
スポーツ専門靴の開発に力を入れていったのです。

そして、その靴を履いたアスリートが次々と好成績を残し、
瞬く間に『ダスラー兄弟商会』は世界に広まっていった。

1948年
そんな順風満帆な『ダスラー兄弟商会』に転機が訪れたのが、
設立から28年後、ルドルフが48歳の時でした。
弟アドルフとの意見の食い違いから分裂してしまったのです。

この分裂こそがアディダスの真の誕生で、
分裂後にアドルフが作った会社がアディダスなのです。
そして、兄ルドルフが分裂後に作った会社がRUDA社。
後のプーマ社なのです。
※ちなみにアディダスの由来はアドルフのニックネームである
 アディとダスラーのダスを繋げたアディ・ダスから来ている。

アドルフ独立後のアディダスは快進撃を続けていくことになります。
ヘルシンキオリンピックで西ドイツ選手全員がアディダスのシューズを
履き、その後のオリンピックでもアディダスのシューズが圧倒的な支持を
集めていき、更にはワールドカップミュンヘン大会でも選手全員が
アディダスのシューズを履いたのです。
あのベッケンバウアーもアディダスのファンだったのです。

そのアディダスの代表作は1965年に発表した
テニスシューズ『ハイレット(後のスタンスミス)』。
1970年に発表した『スーパースター』。
クロスカントリー用に作られた『カントリー』。
などが有名だが、それもすべてアドルフ・ダスラーが
選手と競技にあった靴作りを常に心がけていたからであったと思う。

現在はナイキについで、世界第2位の売り上げを誇っている
アディダス・グループ。
これからもこの快進撃は続いていくことだろう。



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